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仙台高等裁判所 昭和61年(ネ)456号 判決

控訴人 新名章伯

控訴人 有限会社親孝商店

右代表者代表取締役 新名章伯

右両名訴訟代理人弁護士 佐藤興治郎

被控訴人 興亜火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 穂苅實

右訴訟代理人弁護士 渡部修

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一、控訴人らは、「1 原判決を取り消す。2 仙台地方裁判所昭和六一年(ヨ)第一四五号金員仮払仮処分事件について、仙台地方裁判所が昭和六一年四月一四日にした仮処分決定のうち被控訴人に関する部分を認可する。 3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

二、当事者双方の主張は、被控訴人の補足主張が次項以下のとおりであるほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

三、当審における被控訴人の補足主張

1. 本件仮処分決定は、債務者被控訴人及び債務者富士通運株式会社(以下「債務者富士通運」という。)らが連帯して、債権者控訴人新名章伯(以下「控訴人新名」という。)に対しては八〇万円及び昭和六一年四月から同年九月まで毎月末日限り各三〇万円の仮払いを命じ、債権者控訴人有限会社親孝商店(以下「控訴会社」という。)に対しては一〇〇万円の仮払いを命じたものである。

2. 債務者富士通運は、本件仮処分決定に従い、(一)昭和六一年四月二五日、控訴人新名に対し、一一〇万円を、控訴会社に対し、一〇〇万円を支払い、(二)同年五月三一日、同年七月一日、同年七月三一日、同年八月三〇日、同年九月三〇日、いずれも同新名に対し、各三〇万円を支払った。

3. したがって、控訴人らにおいて本件仮処分申請に関し、保全の必要性はなくなったから、本件控訴は理由がない。

四、証拠関係〈省略〉

理由

一、控訴人らが被控訴人に対する本件仮処分申請において被保全権利として主張しているものは、債務者富士通運と被控訴人との間の一般自動車保険契約に基づく債務者富士通運の被控訴人に対する保険金請求権であり、控訴人らは、本件交通事故による債務者富士通運に対する損害賠償債権を保全するため右保険金請求権を民法四二三条一項本文により代位行使することができると主張する。

しかしながら、交通事故による損害賠償債権も金銭債権にほかならないから、控訴人らが債務者富士通運に対する損害賠償債権を保全するため民法四二三条一項本文により右保険金請求権を代位行使するためには、債務者富士通運の資力が右損害賠償債権を弁済するについて十分でないことを要すると解すべきところ(最高裁昭和四七年(オ)第一二七九号同四九年一一月二九日第三小法廷判決・民集二八巻八号一六七〇頁、最高裁昭和三九年(オ)第七四〇号同四〇年一〇月一二日第三小法廷判決・民集一九巻七号一七七七頁参照。なお、最高裁昭和五五年(オ)第一八八号同五七年九月二八日第三小法廷判決・民集三六巻八号一六五二頁は、右昭和四九年の判例を変更するものではない。)、本件において、債務者富士通運が右の点について無資力であることの疎明はない。

なお、〈証拠〉によれば、債務者富士通運と被控訴人との間の一般自動車保険契約に適用される自動車保険普通保険約款に基づき交通事故の被害者が損害賠償額を被控訴人に直接請求できるのは、①判決、裁判上の和解、調停又は示談によって被保険者の負担する損害賠償責任の額が確定したとき、②損害賠償額が保険金額を明らかに超えているとき、③すべての被保険者又はその相続人について破産、生死不明の事由があったとき、④すべての被保険者が死亡し、かつ、その相続人がいないとき、⑤いずれの被保険者又はその相続人とも折衝することができないとき(右約款四条一項)、に限られるものと疎明されるところ、本件においては、控訴人らに関し右事由に当たる事実の主張及び疎明はない(付言するに、自動車保険普通保険約款に、加害者の保険会社に対する保険金請求権は、加害者と被害者との間で損害賠償額が確定したときに発生し、これを行使することができる旨の規定があっても、被害者が加害者に対する損害賠償請求と保険会社に対し加害者に代位してする保険金請求とを併合して訴求している場合には、右保険金請求訴訟は、将来の給付の訴えとして許される(最高裁昭和五五年(オ)第一八八号同五七年九月二八日第三小法廷判決・民集三六巻八号一六五二頁)が、仮に、被控訴人に対する本件仮処分申請が、債務者富士通運に対する損害賠償請求訴訟の勝訴判決が確定したときに発生する被控訴人に対する保険金請求権を被保全権利とする趣旨を含むものであるとしても、このような現在の法律関係とはいいがたい将来の給付請求権を被保全権利として、民事訴訟法七六〇条の規定により即時に金員の仮払を命ずる仮処分を申請することは、本案の請求の限度を超えるものとして許されないというべきである。)。

二、次に、本件仮処分決定は、債務者被控訴人及び債務者富士通運らが連帯して、控訴人新名に対しては八〇万円及び昭和六一年四月から同年九月まで毎月末日限り各三〇万円の仮払いを命じ、控訴会社に対しては一〇〇万円の仮払いを命じたものであるところ、〈証拠〉によれば、債務者富士通運は、本件仮処分決定に従い、(一)昭和六一年四月二五日、控訴人新名に対し、一一〇万円を、控訴会社に対し、一〇〇万円を支払い、(二)同年五月三一日、同年七月一日、同年七月三一日、同年八月三〇日、同年九月三〇日、いずれも同新名に対し、各三〇万円を支払ったことが疎明される。そして、債務者富士通運は、本件仮処分決定に異議の申し立てをしていないのであるから、控訴人らは、現段階において、一応本件仮処分申請の目的を達成しているものといって差し支えなく、被控訴人に対する関係では、本件仮処分申請について、もはや保全の必要性が失われたものというべきである。

三、以上によれば、控訴人らの被控訴人に対する本件仮処分申請は、控訴人らにおいて債務者富士通運の被控訴人に対する一般自動車保険契約に基づく保険金請求権を代位行使することが可能であることの疎明がなく、また、控訴人らが前記約款に基づいて被控訴人に対して交通事故の損害賠償額を直接請求できることの主張及び疎明がないうえ、保全の必要性をも欠くに至ったものであるから、失当として排斥されるべきである。

四、よって、本件仮処分決定のうち右申請に関する部分を取り消し、右申請を却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奈良次郎 裁判官 伊藤豊治 石井彦壽)

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